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箏の心

お琴教室の様子・演奏活動やお知らせ、その他気ままに書いています

From Alaska

アメリカからやって来たオリビアは16歳の高校生。
日本語の授業開始日と同時にお琴も体験、さすがにエネルギッシュで
好奇心旺盛です。
ただ、暑さは苦手なアラスカっ子。
丁度、例年より暑い日々が続いていた札幌の気温に驚いていました。

日本の文化に興味があって、アメリカでも勉強していた日本語は会話に
困らないハイレベルです。

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左手の奏法にも挑戦
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ついでに引率の先生にも体験してもらいました。
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日米の若者がお琴を楽しむ。 未来に繋げたい光景ですね。
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アラスカでオーロラを見るのが夢な私。
もしその夢がかなったら、オリビア家を訪ね、お母さんの操縦する
自家用飛行機に乗せてもらいたいものです。

オリビア、ぜひ また来てね

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バトンパス

5月12日の世界リレー選手権予選で、日本のお家芸でもある
バトンパスがまさかのミスにより失格のニュースで高校時代を
思い出した。

私は兄と同じ高校に入学した。
子供の頃から俊足だった兄は陸上部で活躍していた。
「妹さんも速そうなので」 と女子部員から入部の勧誘があったが
丁寧に断った。 毎日走るなんてとんでもない。

春だったか秋だったか、全校生徒による体育大会が円山競技場で
行われた。
クラブ別対抗リレーでは、陸上部が当然速かった。
特に兄の速さは抜群で一歩が長く、まさに飛ぶような独特の走りだった。
「あの人誰? あの人誰?」
クラスでざわついていたが、私は知らん振りを決め込んでいた。
兄のユニフォームがひどかった。
その頃は何でも良かったのか、そもそもなかったのか。
赤銅色に日焼けした肌にパンツとTシャツ、その上にランニングシャツと
背中にはゼッケン。
赤や黄、青と交通信号の上に白旗が下がったような滅茶苦茶なセンスが
余計に目立って恥ずかしかったのだ。

その後、クラス別対抗リレーがあって私は確か、第二走者に選ばれていた。
位置についていると突然、色とりどりの兄が近くに来てしゃがみこみ
「いいか、俺が走れと言ったら走るんだぞ!」
「…」
「今だっ!走れ!」
ま、走ったわ。 が、なかなか前走者のバトンが来ない。
つまり、全速力で何秒かをバトンなしで走っていたのだ。
焦った…
結果は何位だったのか、全く憶えていない。

席に戻ると
「〇〇さんのお兄さんだったのかぁ。」

帰宅後
「お前、偏平足か?」

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初孫を抱く!

大阪から麻理ちゃんがベイビーを連れて会いに来てくれました!
結婚してから札幌を離れ、大阪で授かった待望の赤ちゃんです。

どれどれ、ぎこちなく抱っこさせてもらう私。
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『ママァ、ボク怖いよぉ。このお婆さんに落とされそう…』
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『ママがさりげなくボクを支えてる…』
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同時期からお稽古に来ていた京子ちゃんとうっとり…
「賢く大物になりそうですね。」 「うむ!」
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子供をあやすのが大得意な京子ちゃんの膝で遊んでいる間に
麻理ちゃん夫妻はゆっくりスイーツを。
評判の「チーズタルト」はなかったようです。
甘党じゃない私はしっかりピザを食べました (^_^;)
因みにここは きのとや です。
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麻理ちゃんとはサマーとの思い出を共有しています。
懐かしい日々がよみがえり、まさに至福の時を過ごしました。

ちょうど冬のような気温だった札幌。
家族で風邪を引かなかったか心配です。
ベイビーがたくましく成長するよう、そして益々の幸福を祈っています。
楽しいひと時をありがとう! また是非会いに来て下さいね。

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新元号 令和

丁度、お稽古を終わらせて 終えた お弟子さんと二人で発表を待った。
菅官房長官が珍しく紅潮させた顔に幾分の笑みをたたえ、かかげた額の
中の文字は 「令和
第一印象は ? 
ラ行が来るとは思わなかったので少し意外に思ったが、典拠を聞くと実に
素晴らしい。日本人の心を感じることができ、早くに馴染めそうである。

生まれは昭和時代だから何だかとても長生きしているように感じる。
家族で私だけが墓石に令和の文字を刻むことになるだろう。
ならなければ大変なので新元号時代が長く続くことを祈る。

そして我が国はもとより、世界中の人々が健康で文化的な生活を
保障され、戦のない平和な年月になるよう願う。

心にゆとりがあってこそ、万葉集のような世界が広がる。
時に猛威を振るわれても、自然界に生きる身は やはり季節の移ろいを
愛で、花の香に癒される…

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猫科のオスは子育てをしない…?

TVで、ある島に暮らす野良猫たちのドキュメント番組が放映され、
一匹のオスが子孫を残すまでの成長も追っていた。
猫好きは見逃せない。
その中で表題のように言っていたのだが、果たしてそうだろうか。

我が家にはとても賢い白猫が居た。
私が高校1年生になったばかりの頃、大きな道路を一目散に
走って渡って来たところをつい拾い上げてしまったのだ。

当時、思い出すのも辛い ある出来事から私は猫を愛することを
やめていた。 
それに、母がいきなり飼いはじめた(鬼!)シャムネコが居たので
とりあえず家に連れ帰り、貰い手を探すつもりでいた。

薄汚れてガリガリにやせた子猫に先ずは、ほぐした鮭に味噌汁
かけご飯。
すると まだまだ小さな歯でウンウン唸りながら食べた。
まさに野良。
シャンプーすると見違えるほど真っ白で可愛い姿になったが
八方手を尽くしても、ついに貰い手は見つからなかった。

そして、去勢するのが遅くなってしまったために、姉さん女房と
なるシャムネコとの間に子供ができてしまった。

気性が荒く可愛げのない母猫は、あろうことか育児放棄。
乳も寝かせて押さえつけなければ与えようとしなかった。
あとの世話は全て、シロがやったのだ。
子供たちが居る箱へ出たり入ったりの忙しいこと。
それぞれの体をなめて清潔を保ち、お尻もなめて排泄を促した。
哀れに思うほど甲斐甲斐しく子育てをする若き父親。
お陰で子供達は健康に成長し、それぞれ貰い手が見つかった。
一番不細工な黒猫が長男として残り、シロは家長になった。

約2年後、私は父の転勤でシロと別れたので一緒に暮した年月は
それほど長くなかったが、思い出は色褪せない。

母の深い愛に応えるためにシロは日々賢くなっていった。
求められれば必ず傍に寄り、眠る時も もちろん一緒。 
その声で感情を読み取り、悲しませることを決してしなかった。
嫌いな病院も大人しく連れて行かれ、診療代を教えるとうなだれた。
母が私のもとへ来る時、列車の中ではその膝の上に乗って耐えた。
持ち運びのケージはどの猫も嫌がる。
離れがたい存在の心をひたすらに癒し続けて15年あまり。

拾われたことを憶えていたのだろうか。
母に抱かれたまま 私の帰宅を待ち、ひと声鳴いてその一生を閉じた。

早くに親と別れたシロは誰に子育てを教わったのだろう。
生きとし生けるものの中で、子を守り育てる本能が一番劣っている
のは人間ではないかと近頃思うのである。




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